大判例

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浦和地方裁判所 昭和63年(ワ)215号 判決

原告

鈴木芳晴

右訴訟代理人弁護士

梶山敏雄

牧野丘

須賀貴

被告

岡崎病院こと岡崎清

右訴訟代理人弁護士

須田清

岡島芳伸

高木孝

内藤寿彦

主文

一  被告は原告に対し、金五九五九万七九七七円及び内金五四五九万七九七七円に対する昭和六一年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九三五六万二五二八円及び内金八四五六万二五二八円に対する昭和六一年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告は、昭和四四年三月一五日出生の男子であり、同六一年一月九日当時埼玉県立川口高校の二年生であった。

被告は、住居地において岡崎病院を経営しており、整形外科・内科を専門とする医師である(以下岡崎病院のことを「被告病院」という。)。

2  原告の受傷、治療経過及び後遺障害

(一) 受傷

原告は、昭和六一年一月九日(以下年数の省略は昭和六一年の記述である。)午後四時三五分ころ、アルバイトに行く途中に川口市上青木路上をバイクで走行中、縁石に衝突して転倒し、右下腿開放骨折の傷害を負い、救急車で直ちに被告病院に搬送、収容された(以下この時点での傷害を「交通事故による傷害」という。)。

(二) 一月九日の治療等

(1) 被告は原告の交通事故による傷害の創傷部に対して、同日午後五時ないし五時半ころより手術を開始し、同七時一〇分ころ終了した。

(2) 手術後被告は、原告の家族に対してレントゲン写真二葉を示しながら、開放骨折の傷害を負っていた事実、手術が首尾よく完了し、経過は良好である旨説明した。

手術後、原告に対しては輸血と点滴がなされた。

(三) 一月一〇日の治療等

原告が疼痛を訴えていたので、痛み止めの注射と座薬が処方され、点滴と治療も交互に行われた。原告には若干の発熱もあった。

(四) 一月一一日(土曜日)の治療等

(1) 午後二時三〇分ころ、原告の病室に居合せた同人の母親と姉は、室内に腐臭のような異様な臭いを感じ、その原因に不安を懐いたので担当看護婦にその旨を告げたところ、「院長(被告)に言って下さい。」と言って換気扇を回しただけであった。そこで右母親らは、被告に対して大丈夫であるかと尋ねたが、被告は「月曜日(二日後)の午前九時には専門医が来るから一番先に診てもらおう。」と言っただけで異臭の原因を確かめようとせず、何らの措置も行わなかった。この時の原告の足の触感は完全に麻痺していた。

(2) 同日夜、原告は発熱し、午後八時ころ看護婦が検温したところ、三九度近くあり、痛みも強かった。そのため解熱剤と鎮痛剤が注射され、水まくらで冷却の措置も採られた。

(五) 一月一二日の状況

原告の異臭は更に強烈なものとなり、部屋中に充満するに至っていた。

創傷部に巻かれている包帯の汚れもひどく、痛みも時間を負うにつれて激しさを増していった。

(六) 一月一三日の治療等

午前九時三〇分ころ、非常勤の専門医が原告を診察したが、診察後直ちに原告の母に対して経過が良好でないこと、下肢切断もやむを得ない旨説明した。午前一〇時三〇分ころ、原告の父親は被告からレントゲン写真を示されながら、「ガス壊疽である。ばい菌が腿の上まで上がっており、今すぐ切断しないと命があぶない。大学病院へ行くと時間がかかり、ばい菌はどんどん上に上がる。時間がないからここで切る。午後一時ころから手術を開始する。」旨告げられた。

(七) 転送及びその後の経過

手術は予定時刻よりも遅れて開始されたが途中で中止され、日本医科大学病院へ転送することになり、午後三時三〇分ころ同病院に到着した。同病院で午後七時ころから同九時ころまで、切断手術が行われ、原告は大腿部を三分の一程度残して切断された。

その後、同月二五日、二月七日にも手術を受けた。

二月一七日には新所沢にある潤和病院へリハビリを兼ねて転院したが、同月二七日夜から高熱に襲われ、翌二八日には救急車で日本医科大学整形外科病棟に搬送され、検査の結果骨髄炎に侵されていることが判明した。

四月一七日に同病院で最後の手術を受けて六月一九日に退院したが、その際医師から「慢性骨髄炎で、いつ再発するか分からない。何かあったらすぐ救急車で病院に来ること。」と言い渡された。

(八) 後遺障害

結局、原告には右大腿切断により、一下肢を膝関節以上で失ったものとして自賠法施行令別表等級第四級五号に該当する後遺障害が残った。

3  被告の責任

(一) 債務不履行責任

一月九日、原告が救急車で被告病院に運ばれた際、原告と被告との間で、原告の前記傷害を完治する診療契約が締結された。従って、その治療にあたっては、以下に記載するような注意義務があるのに、これに沿わない不完全な治療しか行わなかったため、原告をガス壊疽に罹患させて、その結果右大腿部切断となったのであるから、債務不履行がある。

(1) ガス壊疽感染を防止すべき義務

原告はバイクの転倒事故で右下腿開放骨折の傷害を負ったのであり、右骨折部位はひどく汚染されていたのであるから、ガス壊疽に感染する危険性があり、これを防止するためにまず十分なブラッシングとデブリードマンを行い、もしこれが十分に行えない場合には創傷を開放性に処置すべき義務があり、更にこれらと並行して抗生物質の投与を行う義務がある。

但し、抗生物質はブラッシングとデブリードマンの補助的手段に過ぎないのであって、これらの処置の代替手段となるわけではない。

また、抗生物質の投与の方法としては局所投与と全身投与があり、全身投与は、これを必ず行うというものではないが、本件のように初めから創が汚染されている場合等には局所投与のみならず全身投与も必要である。

全身投与に使用すべき抗生物質としては、①ペニシリンGR大量投与(一〇〇〇万から二〇〇〇万単位)+ストマイ(一ないし二グラム)、②アミノペンジルペニシリン+耐性ブドウ球菌ペニシリン(MIC―PCなど)、③セファロスポリン系などがある。

しかるに、被告は創傷処理の基本であるブラッシング、デブリードマンを十分に行わず、抗生物質の投与についても局所投与は全く行わず、全身投与も不十分であった。

被告が原告の手術をしたのは受傷後三〇分であり、いわゆるゴールデンピリオド(受傷後六時間ないしは一二時間以内)内であったから、前記各処置を適切に行っていたならば、ガス壊疽の罹患を十分に回避することができた。原告の交通事故による受傷程度は、それ自体下肢の切断を余儀なくされるような重篤なものではなかったのであるから、切断の止むなきに至った原因は、被告の不完全な治療によるガス壊疽の発症にある。

(2) ガス壊疽感染を早期に診断し、高圧酸素療法の設備のある施設へ転送すべき義務

ガス壊疽は症状の進行が著しく早くかつ全身状態の悪化を伴うものであるだけに、診断の早さが患者の予後を左右することになる。従って、少しでも疑いがあればまず高圧酸素療法を行い、これと並行して抗生物質の投与を行う義務がある。

原告は一月一一日よりガス壊疽の臨床症状である発熱、患部の激痛、異様な臭い等が認められるようになり、翌日は更に悪臭もひどくなり、創傷部の包帯もひどく汚れており、遅くとも一月一二日午後二時に被告が異臭を認識した時点では、ガス壊疽罹患を診断し、高圧酸素療法が可能な施設に転送すべきであったのに、漫然従前の診療を続けた結果、一刻も早く転送して適切な治療を受けさせる機会を逸するに至った。

(二) 不法行為責任

被告は、前記(一)(1)、(2)記載のような各注意義務があるのに、これを懈怠した過失により、原告をガス壊疽に罹患させ、その結果右大腿部切断に至らせたのであるから不法行為に基づく賠償責任がある。

5  損害

総額金九三五六万二五二八円

(一) 治療費

計金五万一六六八円

① 日本医科大学病院関係

金四万六三三八円

② 新所沢病院関係 金五三三〇円

(二) 付添看護費 金七二万円

日本医科大学病院、新所沢病院への入院期間一六〇日について、一日につき四五〇〇円の割合で計算した額

(三) 入院雑費

金一九万二〇〇〇円

前記(二)の一六〇日について、一日につき一二〇〇円の割合で計算した額

(四) 器具購入費等

計金二八八万四二八八円

① ロフストランド杖代

金七九〇〇円

② 松葉杖代 金五六〇〇円

③ 義足代 金一八万三〇〇〇円

④ 車両購入費

金二四五万九三三八円

原告は一下肢を失ったため、外出のために身体障害者用の特別仕様の車両を購入する必要があった。

⑤ 自動車教習所教習料

金二二万八四五〇円

(五) 逸失利益

金六五九一万四五七二円

原告は、昭和六一年一月九日当時一六歳の健康な高校生であったが、前記後遺障害により、一八歳から平均的就労可能である満六七歳まで四九年間を通じてその労働能力の九二パーセントを喪失したものである。

そこで、昭和六一年度賃金センサス男子労働者平均年収額四三四万七六〇〇円を基礎として、原告の右四九年間の逸失利益をライプニッツ式計算方法(ライプニッツ係数は18.3389―1.8594=16.4795)により年五分の割合による中間利息を控除して現価に引き直して算出すると、以下のとおり六五九一万四五七二円となる。

434万7600×16.4795×0.92=6591万4572

(六) 慰謝料 計金一四八〇万円

① 入通院慰謝料 金一八〇万円

② 後遺症慰謝料 金一三〇〇万円

(七) 弁護士費用 金九〇〇万円

6  結語

よって、原告は、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき金九三五六万二五二八円及び右金員から弁護士費用九〇〇万円を控除した金八四五六万二五二八円に対する本件医療過誤の時点以降である昭和六一年一月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1(当事者)は認める。

2  (原告の受傷、治療経過及び後遺障害)の(一)(受傷)のうち原告の負傷の程度は否認し、その余は認める。

原告が被告病院に搬送されてきた当時右下腿開放骨折を負っていたが、その骨折の程度は脛骨と腓骨が双方完全に骨折するという重篤な状態であった。右下腿部の大部分には開放性損傷が認められ、筋肉を含めた軟部組織の打撃は、その断裂、挫滅創など相当深刻なものであった。

3(一)  同2の(二)(一月九日の治療等)(1)は認める。

手術の詳細は以下のとおりである。

膝下脛骨骨折で下腿がグラグラしていたため、ワイヤーで骨折面を縫合固定し、患部の筋肉を生理的食塩水(一五〇〇CC)で洗浄しながら、汚染部のデブリードマンを慎重かつ丁寧に行い、汚染部の切除後は筋肉・筋膜を集束して接続縫合可能なものは、これを可能な限り実行した。皮膚片も洗浄、デブリードマンにより縮小して患部の完全な被覆は不能であったが、できるだけ被覆に努め、ゴムドレーン・ガーゼドレーンを置いて、抗生剤エポセリンを散布し、創傷縫合を行った。

(二)  同(二)の(2)のうち説明内容は否認し、その余は認める。

被告は原告の家族に対し、レントゲンフィルムを示して、本来であれば初めから膝下切断のケースと思ったが、年齢も若く、できるだけ右下腿保存の努力をして手術をしたこと、今回の手術は根治手術ではないので今後全身状態の回復、安定を待って何回かは症状に応じて手術が必要になること等を説明したのである。

4  同2の(三)(一月一〇日の治療等)は認める。

5(一)  同2の(四)(一月一一日(土曜日)の治療等)(1)は否認する。

創部の被覆包帯も特に出液による汚染もなく、その他全身状態に異常はなかった。異臭や右下腿の麻痺ということはない。

(二)  同(四)の(2)は認める。

6  同2の(五)(一月一二日の状況)は否認する。

一月一二日午後原告から異臭の訴えがあり、筋組織の壊死・ガス壊疽の発病を疑ったが日曜日のため即時にガス壊疽抗毒剤・破傷風トキソイドを投与できず、翌日一番で投与できるように看護婦に指示した。

7  同2の(六)(一月一三日の治療等)のうち非常勤の専門医が原告を診断したこと、原告の母親に事情を説明したことは認めるが、説明内容は知らない。

8  同2の(七)(転送及びその後の経過)及び(八)(後遺障害)は知らない。

9  同3の(被告の責任)の事実は否認する。

(一) ガス壊疽感染を防止すべき義務について

(1) 原告の交通事故による傷害の程度は極めて重篤で、軟部組織の完全な復元は不能であり、骨折も高度で、外気にさらされた部分の程度も深刻であり、完全な感染防止を実行するとすれば、汚染部分の軟部組織を全部デブリードマンする以外になく、それは、ほとんど右下腿部の切断を意味した。しかしながら、原告が若年で抵抗力も十分あることからして、後日の治療により回復の可能性も考えられること、その当時の原告の精神状態が右下腿部の切断に不適応であったこと等から切断を回避して、ブラッシング、デブリードマンを可能な限り実施し、第一段階の応急的手術を行ったのである。

このように徹底的デブリードマンは下腿部切断そのものを結果するとすれば、細菌感染のある程度の危険を見込んでも、まず右下腿の保存に努力を払うべきである。

(2) 被告は原告が搬送されてきたとき、投薬前の薬物反応テストを実施した後、手術中に抗生物質エポセリンを局所に散布し、その後は毎日点滴にて全身に投与している。抗生物質の局所投与は行っていないが、これは、骨髄炎の治療以外には行われることはなく、本件において局所投与をしなかったことが通常の医療水準に反するものではない。

原告の主張するペニシリンGの大量投与については、この薬剤はペニシリンショックの発症例があり、昭和四一年ころからはほとんど使用されていない。原告主張のセファロスポリン系の抗生物質について被告は投与を行っている。

(二) ガス壊疽を早期に診断し、高圧酸素療法の設備のある施設に転送すべき義務について

ガス壊疽の疑いを持ったら直ちに高圧酸素療法を施行しなければならないという臨床水準はない。被告は一月一二日にガス壊疽を疑っただけで診断したわけではない。

転送予定医療施設が患者の収容を確実に受諾するとは限らないのであるから転送義務はない。

(三) 因果関係について

(1) 入院直後の原告は生命そのものの危険に直面していたのであり、仮にガス壊疽の発症がなくても下肢切断という結果に至る可能性が十分にあった症例といえる。

(2) 原告がガス壊疽に感染したのは、原告自身の交通事故が原因である。

(3) 一月一二日に高圧酸素療法の施設のある病院に転送したとしても、下肢切断という結果を回避できたとは限らない。

10  同5(損害)は争う。

原告は、埼玉県庁に勤める地方公務員であり、身体障害者であることを理由として全く賃金差別を受けておらず、将来とも身体障害者であることを理由として解雇されたり、賃金差別を受けることはあり得ない。

従って、原告には現実に本件障害を原因とする逸失利益は存在しない。

三  抗弁(損害の填補)

原告は労働者災害補償保険法による障害補償年金を今日まで四三三万七二二五円受領しているから、この分を損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

原告が被告主張のとおり障害補償年金を受領していることは認め、その余は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二請求の原因2(原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害)について

1〈書証番号略〉、証人牧野俊郎及び同鈴木芳枝の各証言、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(但し、後記措信できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実(争いのない事実を含む。)が認められる。

(一)  本件事故による傷害の程度

(1)  原告は、昭和六一年一月九日午後四時三五分ころ、排気量二五〇CCのバイクで走行中、道路の左端に寄った際縁石に前輪が触れてハンドルを取られたため電柱に衝突し、体がバイクから投げ出されるという事故を起こし、右下腿開放骨折の傷害を負った。

(2)  このように、交通事故による傷害は右下腿部に開放骨折がみられ、その他に筋の断絶、相当多量の出血を伴うものであったが、その傷害はそれだけではその患部付近からの下腿の切断を要する程に重篤なものではなかった。

(二)  交通事故による傷害に対する治療等その他の経過

原告は、右交通事故現場から救急車により午後五時ころ被告病院に運ばれ、以後昭和六一年一月一三日まで同病院に入院し、その間被告から次のような診療を受けた。

(1)  一月九日の被告病院での手術等

① 被告は、原告の受傷の程度から緊急を要すると判断し、受付の手続もすませず直ちに手術室に運び入れ、看護婦、レントゲン技師等を招集し、酸素吸入を行い、タンケット(駆血帯)を大腿部に巻き付けて止血措置を講ずると共に血液型の測定をして緊急に輸血の手配をし、止血剤のアドナ、トランサミン等を混合した点滴を行った。原告の疼痛が強いため創傷処理の前に痛みを抑える必要があり、基礎麻酔を行いながら様子を見てネオペルカミンS(脊髄麻酔剤)を用いて腰椎麻酔を実施した。

② 右処置を開始した五時二五分ころ、原告の血圧は最高一〇二(ミリメートル、以下同じ)、最低七〇であったが、血圧はその後どんどん低下して最低血圧は測定不能となり、最高血圧も五時五〇分ころには四八まで下がり、手術終了まで最高血圧六〇ないし八〇の状態が続いた。

③ 被告は、原告の創傷部にヒビテン液(消毒液)をどんどん流してブラッシングを行い、イソジン(消毒液)で表面の消毒をした。その際、交通事故による傷害部位には道路に落ちていたごみなどが多少付着していたので生理的食塩水一五〇〇CCで洗浄しデブリードマンを行ったが、原告の受傷の程度、態様から完全にデブリードマンを行うことはできないと判断し、十分には実施しなかった。

抗生物質はエポセリンを使用し、点滴で全身に投与した。

④ 被告は、右下腿の脛骨と腓骨が骨折していたため脛骨をワイヤーで鋼線固定し、腓骨については脛骨が直れば自然に仮骨して結合すると判断したので手をつけなかった。

⑤ 被告は、デブリードマンを完全に行えなかったことからも感染の危険性が高いものと判断し、ドレーンを置き、抗生物質を散布した後に創傷縫合を行い、七時一〇分ころ手術は終了した。その間原告の意識は一応あったが、原告と被告との間では何らの会話もなされなかった。

(2)  被告病院での手術後一月一三日までの経過は以下のとおりである。

① 一月一〇日、血液検査を行った結果白血球の測定値が正常値の4.0ないし8.5を大きく上回る17.6であった。

午後二時ころから右足背にチアノーゼ、右膝下腿腫張の症状が現れる。疼痛をしばしば訴えるようになった。

② 一月一一日午前、右下大腿の関節を押すとキューという音がするようになり、疼痛も激しくなった。夕方から発熱して三九、八度にまで達し、翌一二日も三八度以上の状態が続いた。

③ 一月一二日午前一〇時ころ、被告が診察した際原告の母親から異臭の訴えがあったことから、筋肉が壊疽を起こしたか又は細菌感染したかの疑いをもった。看護記録には同日一四時の時点で「異臭」との記載がされており、異臭が相当顕著であることを看護婦も確認しており、遅くともこの段階でガス壊疽の発症はほぼ確定的であったが、日曜日で専門医の迫田哲司(以下「迫田医師」という。)やレントゲン医師が不在であったことなどから、被告病院ではガス壊疽の発症に対しては何らの措置も採られなかった。

④ 一月一三日午前九時三〇分ころ、迫田医師は原告の診察のため病室に入った際、異様な臭いからその時点でガス壊疽にほぼ間違いないと推断した。

そこで、同医師は直ちにペニシリンGを発注し、破傷風感染防止のためのトキソイド投与、細菌検査、菌の培養検査等の処置をしたほか、レントゲン撮影の結果、すりガラス様の陰影からガス像を確認した。

午後一時二〇分ころ迫田医師は被告と共に手術室に入り同人の大腿周辺に切開を加えたところ、水疱が膝下だけではなく大腿部にまで及んでおりブスッという気泡がみられたのでガス壊疽と確定的に診断をしたことから、午後二時ころガス壊疽について最良の治療方法である高圧酸素療法の設備を備えている日本医科大学付属病院に勤務している大塚教授に連絡をとり、承諾を得て同病院へ救急車で搬送した。

(三)  日本医科大学付属病院への転送・同病院における手術及びその後の状況

(1)  一月一三日午後三時三〇分ころ日本医科大学付属病院に運ばれて来た際、原告の右下腿は黒褐色に変色し、右足全体がぶよぶよの状態で、ガスが充満し顕著な浮腫と強い悪臭が認められたため、同病院医師牧野俊郎(以下「牧野医師」という。)は直ちに手術創を開放したところ、筋肉まで壊死しており悪臭が増したので、開放創を洗浄してペニシリンGを投与し、高圧酸素療法を施行した。同医師は、午後七時ころまでかけて右大腿部を大腿の上部三分の一程の高さで切断する手術を行い、創は開放とした上以後高圧酸素療法を計一二回施行し、一月二五日創をデブリードマンし、創の状態が良くなってきたところで二月七日開放創の断端形成術を行い、創を閉じた。

(2)  二月一七日、原告は潤和病院にリハビリを中心として入院したが、同月二八日高熱を発し、日本医科大学整形外科に入院した。そこでの検査の結果骨髄炎と判明し、その後骨髄の洗浄等を受け、六月一九日退院した。

(3)  こうして原告は、結局一下肢を膝関節以上で失ったものとして、自賠等級四級の後遺障害が残存することとなった。

2 被告は、本人尋問において、右1の認定と異なり、「皮一枚で膝の前面が残っており、大半の筋肉、皮膚は骨を残して断裂し、アキレス腱上部を軸にして反転しており、筋肉などの軟部組織がほとんど八〇パーセント近くも脱落して無かったため、完全なデブリードマンを行おうとすれば、足を切断するしかなかった。後脛骨動脈と腓骨動脈が切断しており、多量の出血があって血圧も低下してショック状態であったため、損傷した血管については治療できなかった。」と供述し、証人迫田哲司の証言中にも被告の右供述に沿うかの如き部分もある。

しかし、被告は、原告の交通事故による受傷がどのような程度、態様のものであったかについては、事故当日に行われた手術に関する診療記録を殆ど残さず(手術簿とされる〈書証番号略〉には手術の概要として極めて簡単な記載があり、その日付は一月九日とされているが、被告本人尋問の結果及びその記載内容からみて、この記載は一月一三日以降になされたものと認められ、また、手術日誌である〈書証番号略〉にも「右下腿径骨骨折」とのみしか記載がない。)、また、入院診療録、看護記録等にも右の点に関する記載は全くない。それ故右受傷程度、態様についての被告本人尋問の際の右供述は客観的裏付けに欠けるという外はない。

更に、前記〈書証番号略〉及び証人牧野俊郎の証言によると、牧野医師は事故後四日目の一月一三日に原告の右足切断手術を行ったが、その時点で前記認定のとおり、ガス壊疽の顕著な徴候は認められたものの、それ以外の下腿は特に大きな変形はなく、右足は全体としてきちんとした形をなしていたこと、皮膚は均一に全体的に保たれ、筋肉組織は残存しており、血管系についても大きな損傷がなかったことが認められ、従って、十分なブラッシングとデブリードマンが可能であったものと考えられ、また、〈書証番号略〉によると、被告が腰椎麻酔に使用したネオペルカミンは重篤な出血やショック状態にある場合には禁忌であり、副作用として血圧の低下があげられていること、損傷した血管は受傷後六時間以内に修復を行うのが原則であることが認められ、血圧低下は必ずしもデブリードマンを不十分にしたことを正当化できない。

そして、このような事実のほか牧野証言中の「初期の治療措置が適切であれば、足の切断というよう結果には至らなかった。」との証言を併せ考えると、前記被告本人及び証人迫田哲司の各供述はたやすく信用することができず、他に前記1の認定を左右するに足りる証拠はない。

三請求の原因3(被告の責任)

1  責任判断の前提事実について

〈書証番号略〉に証人牧野俊郎の証言によれば以下の事実が認められる。

(一)  ガス壊疽とはガス発生を伴う感染症に対する総称であって、その病原菌の大部分はグラム陽性菌のクロストリディウムであり、これらの菌は各種の土壌中に存在するから不潔な創から感染し易く、また嫌気性であるため外気からの遮断と血行障害による組織酸素の減少消失等が感染の条件となる。従って、傷害が複雑骨折、筋挫滅、大血管の損傷を伴い、創が土壌で汚染されて不潔であり、創腔が外気と遮断された場合には、これらの菌の繁殖によってガス壊疽の発症することがある(以下本件においてガス壊疽の原因となった病原菌を「ガス壊疽菌」という。)。

しかし、創面にガス壊疽菌が存在することが必ずしも発症につながるとは限らず、その発症の責の大半は初期治療を担当した医師の不完全な創傷処理にあるとされている。

局所症状としては患部の激痛、腫張、浮腫に始まり、さらに進行すると皮膚や筋肉の変色、悪臭を伴う分泌液が認められる。また、触診における髪音、握雪音が特徴的である。全身症状としては発熱、頻脈などの炎症症状、さらに進行すると外毒素による溶血、黄疸、高ビリルビン血症、ヘモグロビン尿やついには血圧低下から死に至る。白血球は一般に増加し、赤血球や血色素は減少する。破傷風と異なり、症状の進行が速やかで、かつ全身状態の悪化を伴う。

(二)  従来この疾患は受傷局所に対してはもちろん生命に対する予後も極めて悪かったため、ガス壊疽に対しては、何よりもまず予防が重要であった。今日、新しい抗生物質の登場と高圧酸素療法の導入により、飛躍的に治療成績が向上しているとはいえ、なお予防が重要であることに変わりない。

そのためには、受傷直後の創傷処理において、まずできるだけ多量の生理的食塩水で創内を洗い流して次に消毒水で創洗浄を行い、滅菌ブラシで十分創内の汚れ、異物等をこすりとるようにし(ブラッシング)、創内の汚染組織、血流の乏しい組織等は創感染の格好の源となるのでハサミ又はメスで切除すること(デブリードマン)が必要である。

創汚染に対するブラッシングとデブリードマンは創感染予防処置の中では最も大切なことであり、これが不十分な場合には抗生物質を多量に投与しても創感染は防ぎきれない。

創の清浄化が終了すれば通常、創は一時的に縫合閉鎖を行うが、受傷後六時間ないし一二時間のゴールデンピリオドをすぎてしまった創あるいは極めて嫌気性菌感染が起こりやすいと判断される創については、縫合閉鎖を行わずそのまま開放創とし、感染の危険性がなくなった数日後に二次的に創閉鎖を行う配慮が必要である。

以上のブラッシングとデブリードマンの補助的なものとして抗生物質の投与も重要であり、できるだけ早期にかつ大量の投与を行って、汚染創に存在する嫌気性細菌が、増殖を開始しガス壊疽の発症に必要な細菌数に至らない間に、局所に有効に働くようにしなければならず、そのためには全身投与と共に、局所投与も併用すべきことが望ましい。

(三)  ガス壊疽が発症した場合、かつて高圧酸素療法の行われる以前は壊死筋肉及び周辺の健康な組織を含む広範な創傷部切除、とくに感染源としての患肢の切断が最良の治療法であった。今日でも壊死組織の除去は欠かすことのできない重要な処置であるが、しかしまず高圧酸素療法を行い、抗生物質を投与して健康な部分はなるべく残し、さらに患肢の切断は壊死が決定的となるまで行わないのが原則である。

このように高圧酸素療法の登場によりなるべく患肢を残す方向で治療を行えるようになった点は、ガス壊疽の治療法における根本的な転換であり、それだけに、ガス壊疽発症の可能性が予測される場合には、一刻も早くこれらの設備のある施設へ患者を転送することが重要である。従って患者の予後はいかに早く診断がなされるかにかかっているといわれている。

(四)  ガス壊疽の診断は主として以下のような臨床症状より行う。

(1) 前記の局所症状に重篤な全身症状を伴うこと。

(2) X線上でガス像を証明すること。これが証明できれば、診断は容易である。

(3) 細菌学的検査は必ず行うべきであるが、細菌の分離同定は短時間では不可能であるから、それにより診断を遅らせるべきではない。

(4) その他、ハプトグロビンの測定(溶血の存在を示す。)、クレアチンホスキナーゼの測定(筋崩壊の存在を示す。)など。

まれにガス壊疽の診断がかなり困難な場合があるが、以前のように受傷肢切断の適応を決めるのならともかく、現在では少しでも疑いがあれば、まず高圧酸素療法を行うべきである。従って、疑いがあればガス壊疽と診断してさしつかえない。

2  責任の存否について

(一)  ガス壊疽感染を防止すべき義務の存否

右1認定のガス壊疽の発症、予防の特徴に、前記二認定の原告の交通事故による受傷の状況、右傷害の態様、被告の診療経過に関する事実関係を総合すると、原告はバイクの転倒事故を起こして右下腿開放骨折の傷害を負ったのであり、右骨折部位は土壌等によって相当程度汚染されていたことに徴すると、ガス壊疽発症の危険性が相当高かったものといわざるを得ない。

従って、この段階において手術・治療を行う担当医師としては、急激にして重大な結果をもたらすガス壊疽の発症を防止することを最重要事項の一つとして念頭に置いて、創傷部位について徹底したブラッシング及びデブリードマンを行うべきであり、また傷害の態様からみてデブリードマンを徹底して行うことが困難な状況にあり、かつ抗生物質の投与等補助手段を講じてもなお細菌の繁殖の防止に万全を期し難い場合には、少なくとも右創傷を開放性に処置すべき医学上の注意義務があった。

しかるに、被告は、原告の受傷の状況、傷害の態様からみて必要十分なブラッシング及びデブリードマンを行うべきところこれを十分には行わなかったものと言うべきであり、仮に、傷害の態様から充分なデブリードマンを行うことが困難であったとすれば、そのような場合は通常抗生物質の投与など補助手段を講じてもそれだけではガス壊疽菌の増殖の可能性があり、従ってこれを防止するためには相当期間創傷部を開放性にしておくべきであったところ、ガス壊疽の発症することはないものと軽信し、ドレーンを挿入して直ちに創傷部を縫合したものであるから、原告の交通事故による傷害に対する治療方法を誤ったものと言わざるを得ない。

なお、右のドレーンは患部の皮下組織や筋肉内に滞留した血液や術後の出血等に備えて、それらを外部に出すために挿入するものであり、その穴から空気が入って感染を防止することができるとは言い難く、直ちに縫合しても良いというものではない。

(二)  ガス壊疽感染を早期に診断し、高圧酸素療法の設備のある施設に転送すべき義務の存否

(1) 前記三1認定のとおり、高圧酸素療法により受傷肢を残し得る可能性の多くなった今日では、ガス壊疽発症の可能性が予想される場合には可能な限り高圧酸素療法の設備のある施設へ転送すべきである。

もっとも、高圧酸素療法も一定の危険を伴うものとされており、またその設備が広く普及しているものとも考えられないから、ガス壊疽発症の危険性が少しでも存在するだけで直ちに右療法の設備のある施設へ転送すべき義務があるものとは解し難い。

(2) しかし、前記のとおり原告の交通事故による傷害の態様及び手術の状況からすればガス壊疽菌の増殖する可能性があり、また、ガス壊疽は術後比較的初期の段階で発症し、かつ、発症した場合には短時間に悪化し、重篤な結果を招来し易いが、他方診断は比較的容易なものである。

そうしてみると、被告は、原告に対し、前記のとおり手術を行い、創傷の縫合にまで及んだ以上、手術後相当の期間ガス壊疽発症の可能性について十分な配慮をし、発症の徴候が現れたときは、直ちに高圧酸素療法の設備のある施設に転送するなど適切な処置を講ずる義務があったものといわなければならない。

(3) しかし、前記認定二の事実によれば原告は一月一〇日午後二時ころ右足背にチアノーゼ、右下腿腫張の症状が現れ、同日に実施した血液検査の結果白血球が通常値よりも相当程度増加していること、一一日は右下腿の関節を押すとキューという音がし、夕方から発熱し一時は39.8度にまで上がり、患部の痛みも相当程度強くなってきていること等ガス壊疽の臨床症状が出ていること、一二日午前一〇時ころの回診時に被告に対して原告の母親から異臭の訴えがあり、被告自身もガス壊疽感染を疑うなど右症状は顕著になっていたこと等からすると、少なくとも一二日の午前中には高圧酸素療法の設備のある施設へ転送する措置を講ずるべきであった。

しかるに、被告本人尋問の結果によれば、レントゲン技師が日曜日で不在であったためレントゲンをとることができずガス壊疽を確定的に診断できないとし、また、高圧酸素療法の設備のある日本医大の救命救急センターは東京都の所管で埼玉の患者は扱わないと思って連絡をしなかったこと、ガス壊疽の抗生物質を手配しようとしたが、日曜日であったため取り寄せることができなかったこと等、被告側の一方的な事情により、その治療に必要な転院の時期を遅延させたのであるから、発症したガス壊疽に対する治療を誤ったものと言わざるを得ない。

4  因果関係について

(一) 原告の交通事故による受傷が、それ自体では右大腿部切断を要するほどの重傷ではなかったことは前記二1(一)及び2に認定したとおりである。

この点について、被告は、入院直後の原告は生命そのものの危険に直面していたのであり、仮にガス壊疽が発症しなくても下肢切断という結果に至る可能性が十分にあったからと主張するが、右主張は、その前提に誤りがあり採用できない。

(二) 次に、前記二1、2に認定の事実関係からすれば、原告は交通事故の受傷の際、患部がガス壊疽菌によって汚染されていたことになるが、そうであるからといって、直ちにガス壊疽の発症につながるものでないことは、前記三1の記載から明らかである。そして、前記二1に認定のとおり、被告の診療が交通事故の発生時点から一時間以内に着手されていることからすれば、被告の手術は右三の1に記載のいわゆるゴールデンピリオドの初期の段階で実施されたことになる。

従って、このことと、右(一)の事実を併せ考えると、ガス壊疽の発症を防止することは、それ程困難であったとは考えられない。

(三) 更に、ガス壊疽が発症すると、その症状は急速に進行するものであるが、また反面、高圧酸素療法の導入により今日では受傷肢を残しうる可能性が多くなったことは前記認定三のとおりである。

そして、原告の手術後、その容態の観察が十分であったならば、遅くとも一月一二日の午前中にはガス壊疽の発症を疑い、早期に適切な措置を講ずることができたことは前記二1に認定のとおりであるから、原告が実際に日本医科大学付属病院に搬送された一月一三日午後三時三〇分ころより二四時間以上前に搬送されていれば、右大腿部切断という重大な結果の発生を免れた蓋然性が高かったものと考えられる。

(四)  以上述べたところを総合勘案すると、原告のガス壊疽発症の主要な原因は、当初の治療(手術を含む。)を担当した被告の不完全な創傷処理にあったこと、そして、右大腿部切断は被告が早期発見とその後の対応を怠ったことによるものと認められ、従って、被告の治療行為と原告の右大腿部切断の結果との間には相当因果関係があるというべきである。

四請求の原因4(損害)について

総額金六三九三万五二〇二円

1  治療費 計金五万〇三三八円

前記三で認定したように、被告の初期治療の過誤により原告はガス壊疽に感染し、一月一三日には日本医科大学救命救急センターに転送せざるを得なくなったのであるから、同日以後の治療費を損害と認めることができる。

①  日本医科大学病院

金四万五〇〇八円

〈書証番号略〉により認めることができる。

原告主張額の内、一三三〇円は右〈書証番号略〉よりテレビ使用料であることが認められるから、治療費の損害と認めることはできない。

②  新所沢病院 金五三三〇円

〈書証番号略〉により認めることができる

2  付添看護費

金七一万一〇〇〇円

前記二で認定した原告の受傷の部位、内容、治療経過等に照らすと、原告が日本医科大学病院及び新所沢病院に入院していた期間(昭和六一年一月一三日から同年六月一九日まで)一五八日について、一日につき金四五〇〇円の割合で計算した計金七一万一〇〇〇円を付添看護費の損害と認めることができる。

3  入院雑費 金一八万九六〇〇円

右2の入院期間一五八日について、一日につき金一二〇〇円の割合で計算した金一八万九六〇〇円を原告の入院雑費の損害と認めることができる。

4  器具購入費等

計金一九万六五〇〇円

原告本人尋問の結果によると、原告は前記二認定の後遺障害により以下の器具を必要とすることになったのであるから、これらの合計金一九万六五〇〇円を原告の器具購入費等の損害と認めることができる。

①  ロフストランド杖代

金七九〇〇円

〈書証番号略〉により認めることができる。

②  松葉杖代 金五六〇〇円

〈書証番号略〉により認めることができる。

③  義足代 金一八万三〇〇〇円

〈書証番号略〉により認めることができる。

原告主張の車両購入費と自動車教習所教習料は本件医療過誤と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

5  逸失利益

金四二九八万七七六四円

(一)  前掲〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告は昭和六二年三月に高校を卒業する際、埼玉県庁身体障害者特別選考枠に応募して採用され、同年四月から川口県税事務所に勤務し、現在は県庁衛生部衛生研究所庶務係に勤務し、昭和六二年は一五一万三七六三円、昭和六三年は二一八万一五六五円、平成元年は二四四万九五三五円、平成二年は二八一万五〇八三円、平成三年は二九六万九一六七円、平成四年は三三一万二〇四円の給与の支払をそれぞれ受けている。

(2) 仕事内容は総務であり、デスクワーク以外に庁舎間の連絡などもある。義足の機能上の問題から、階段や斜面は左右両足で一段づつ、若しくは一歩分づつでしか歩くことができず、平らな場所でも通常人と同じ速度で歩くことはできない。また、片手は杖を持つ必要があるため、物を持っての歩行は困難であり、後遺障害に耐えながら懸命な努力を重ねて執務に従事している状況である。

(二) 右事実によると、原告は、本件事故後、首尾よく埼玉県庁に就職することができ、同年齢の高卒男子の収入と同程度の収入を得てきており、その身分が地方公務員であることからすれば、将来的にも身体障害者であることだけを理由として給与面で不利益な扱いを受けることや解雇されるおそれはないものといえよう。しかし、右地位は、原告の不断の努力によって維持されているものと考えられ、これが終生継続できるかについては、原告の身体状況や仕事内容その他の事情から、将来勤労意欲を失って何らかの減収を来たす状況となったり、更には勤務継続が困難となり、自ら退職せざるを得なくなる状況に至ることのありうることは否定できない。この場合には、再度の就職において同人の後遺障害が著しい支障となる可能性のあることは、これまでの社会情勢に照らして十分に推測できよう。

(三) そうしてみると、原告が現在勤務し、賃金の支払を受けていることから、原告に後遺症を原因とする逸失利益が存在しないとすることは相当でないが、さりとて原告の右勤務状況、賃金支払状況をすべて度外視して逸失利益を算定することも相当でない。

結局、原告の右下腿切断という後遺障害の重篤さ、原告の前記高校卒業後地方公務員としての勤務状況、賃金の支払状況、右賃金を得るについての原告の努力の状況、将来の転職の可能性その他諸般の事情を総合勘案すると、原告の後遺障害による逸失利益については、一八歳から就業可能と考えられる六七歳までの四九年間を全体としてとらえた上、その労働能力の六〇パーセントを喪失し、同割合による所得の減少を来すものと評価するのが相当である。

(四)  昭和六一年賃金センサスによれば、同年における男子労働者の年間平均賃金は四三四万七六〇〇円であるから、右金額を基礎としてライプニッツ式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故時の現価に引き直して算定すると次のとおり、金四二九八万七七六四円となる。

434万7600×16.4795×0.6=4298万7764

6  慰謝料 計金一四八〇万円

(1)  入通院慰謝料 金一八〇万円

前記二認定のとおり、原告は本件医療過誤の結果昭和六一年一月一三日から同年六月一九日までの約五か月間入院生活を送り、その間慢性骨髄炎罹患のため死の危険にまで瀕したこと等諸般の事情を考慮すると、本件入通院慰謝料の額を金一八〇万円と認めるのが相当である。

(2)  後遺症慰謝料 金一三〇〇万円

前記二認定の原告の後遺障害の部位、内容、程度、その発生の経過、態様その他諸般の事情を考慮すると、本件後遺障害の慰謝料の額を金一三〇〇万円と認めるのが相当である。

7  弁護士費用

原告が、本件訴訟追行を原告訴訟代理人らに委任したことは訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理の経過、請求認容額等を考慮すると、本件医療過誤と相当因果関係のある損害として被告に負担させる弁護士費用の額は金五〇〇万円と定めるのが相当である。

五損害の填補

原告が、労働者災害補償保険法による障害年金を既に四三三万七二二五円受領していることは当事者間に争いがないから、右金員は逸失利益の填補として原告の前記損害から控除すべきである。

右控除後の原告の損害は金五九五九万七九七七円となる。

六結論

以上の次第で、被告は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金五九五九万七九七七円及び内弁護士費用を控除した金五四五九万七九七七円に対する昭和六一年一月一三日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることとなり、原告の被告に対する本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官香川美加)

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